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浦和地方裁判所川越支部 平成8年(ワ)506号 判決 1997年8月19日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

田中敏夫

被告

乙村一郎

乙村花子

右両名訴訟代理人弁護士

小林政明

主文

一  被告らは、原告に対し、不可分に八九三万二九〇〇円及びこれに対する平成九年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自一六一一万〇四〇〇円及びこれに対する平成九年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、不動産の買主から売主に対し、不動産に隠れた瑕疵があったとして、売買契約を解除して損害賠償を求めた事件(附帯請求として遅延損害金の請求を含む。)である。

一  争いのない事実

1  原告は、平成六年一二月六日、被告乙村一郎から別紙目録記載の土地を、同被告の母の被告乙村花子から同土地上に存在する同目録記載の建物を、代金を総額七一〇〇万円とし、契約締結時に手付金三〇〇万円を、平成七年三月三一日までに残金六八〇〇万円を支払う約で、買い受けた(以下、右土地建物を「本件不動産」と、右土地又は建物のみを指すときは「本件土地」、「本件建物」と、この売買契約を「本件売買契約」という。)。そして、原告は、被告らに対し、契約締結日に手付金三〇〇万円を、平成七年三月二八日に残金六八〇〇万円を支払い、同年四月三日本件不動産の引渡を受けた。

2  ところが、同月八日原告に、被告乙村一郎の父で被告乙村花子の夫である乙村丙太が平成六年七月四日本件建物の中で首吊り自殺をしていたことが、判明した。被告らは、原告に対し右事実をあえて知らせていなかったものである。

3  原告は、本件不動産は買う意味がないので引き取ってほしいと被告らと交渉したが、被告らはこれに応じなかった。そこで、原告は、平成七年一二月五日被告らに対し、民法五七〇条、五六六条により本件売買契約を解除し、代金七一〇〇万円の返還と金利の支払、万一、契約の解除が認められない場合は損害賠償金の支払を求める旨の内容証明郵便による通告書を発送し、同通告書は翌六日被告らに到達した。

4  その後、原告は、本件建物を取り壊した上、本件土地を第三者に売却した。

二  争点

1  前記一の2事情が、民法五七〇条にいう目的物の隠れた瑕疵に当たるか。

(一) 原告は、本件の場合、一般人においても居住用家屋として通常有すべき「住み心地のよさ」を欠くと感ずることに合理性がある場合であり、右瑕疵に当たると主張する。

(二) 被告は、瑕疵担保責任は、右制度の趣旨に鑑みると、単に「住み心地のよさ」だけでなく、当該物件の価格の低廉性との兼ね合いも重要な判断要素であり、本件においては、被告らは敢えて本件不動産を土地だけの価格相当額で売却したのであるから、仮に建物に瑕疵があっても本件売買契約を解除することはできないと主張する。

2  原告は、前記一の4の行為により、本件売買契約解除の意思表示を撤回し、本件売買契約の瑕疵を追認したものといえるか。

3  原告の請求し得る損害額。

(一) 原告は、次のとおり一六一一万〇四〇〇円の損害が発生し、被告らは履行利益の損害賠償義務を負うから、右損害の全部につき支払請求し得ると主張する。

(1) 売買代金の差額 八〇〇万円

(2) 本件不動産の買い取り諸費用

五二八万七五〇〇円

①登記関係費用一八五万三一〇〇円、②固定資産税(平成七年四月から同年一二月分まで)八万六四〇〇円、③仲介料二二五万円、④不動産取得税一〇九万八〇〇〇円

(3) 本件不動産の転売諸費用

二八二万二九〇〇円

①建物解体料八九万六一〇〇円、②建物滅失登記費用三万六八〇〇円、③仲介料一八九万円

(二) 被告は、原告の被告らに対する損害賠償請求は、信頼利益の範囲においてのみ可能であるが、原告が前記一の4の行為をしたことにより、被告において負担すべきものはないと主張する。

三  証拠関係

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲1、12、14、乙1、2、4、原告本人、被告乙村一郎本人)によれば、被告らは、本件建物で乙村丙太が自殺していたところから、仲介業者に対しては、右出来事については伏せたまま、目的物件について、本件土地を主眼とし、建物は未だ十分使用に耐えるものであったが、古家ありと表示する程度の付随的なものとして売却するよう仲介を依頼したこと、原告は、夫婦で老後をおくる閑静な住居を求めていたが、仲介業者から本件不動産の紹介を受け、その立地、環境に加え、本件建物が僅かの修理で十分居住に耐える点にも魅力を感じて本件不動産を購入する決心をしたこと、本件不動産は売地と表示して代金七五六〇万円で売りに出されていたところ、原・被告ら間の交渉の結果代金七一〇〇万円で売買が成立したが、本件売買契約締結に当たり原・被告ら間で取り交わされた売買契約書には、売買目的物件として本件土地及び建物が共に表示され、特約として「売主は、本件建物の老朽化等のため、本件建物の隠れた瑕疵につき一切の担保責任を負わないものとする。」と記載されたこと、右交渉の過程において、被告らから原告に対し、右出来事を示唆するような言動は一切なかったことが認められる。

2 右事実によれば、被告らは、本件不動産売却に当たり、右出来事を考慮し本件建物の価格は殆ど考慮せずに売値をつけ、本件建物の隠れた瑕疵につき責任を負わない約束のもとに本件不動産を原告に売却したのではあるが、本件売買契約締結に当たっては、本件土地及び建物が一体として売買目的物件とされ、その代金額も全体として取り決められ、本件建物に関し右出来事のあったことは交渉過程で隠されたまま契約が成立したのであって、右出来事の存在が明らかとなれば、後記のようにさらに価格の低下が予想されたのであり、本件建物が居住用で、しかも右出来事が比較的最近のことであったことを考慮すると、このような心理的要素に基づく欠陥も民法五七〇条にいう隠れた瑕疵に該当するというべきであり、かつ、そのような瑕疵は、右特約の予想しないものとして、被告らの同法による担保責任を免れさせるものと解することはできない。そして、本件売買契約の性質上、被告らの債務は不可分債務と解するのを相当とするから、被告らは不可分に、原告に対し、本件売買契約に基づく瑕疵担保責任を負うものと解すべきである。

二  争点2について

証拠(甲2、3、5、12、乙4、原告本人、被告乙村一郎本人)によれば、原告は、前記第二の一の3の通知書を送付する前後数回にわたり、被告らに対し本件不動産を引き取って代金を返還し、若しくは、本件不動産を売却するので本件売買代金との差額を被告らにおいて負担するよう要求したが、被告らがこれらの要求に応じなかったため、少しでも自己に生じた損害を埋めようとの判断で、平成八年一月二一日Aに対し、本件物件については同人の要求で原告の負担において引渡前に撤去し本件土地を更地にする約束で、本件土地を六三〇〇万円で売却したことが認められる。ところで、原告は、右通知書送付により本件売買契約を確定的に解除した趣旨の主張をするところ、原告の右通知書による意思表示は、被告らに対し民法五七〇条に基づく権利行使をする意思を明確に表明したものではあるが、原告がその前後にわたり、本件売買契約解除による原状回復か、若しくは、本件不動産を原告において売却し、被告らには本件売買代金との差額を負担するかのいずれかを受け入れるよう要求していたことや、同通知書においても予備的に損害賠償金を請求する旨意思表示していることに鑑みると、原告は、右通知書送付により解除の手段を確定的に選択したとみることはできず、その後の右Aへの売却により、解除によらず損害賠償の方法によることを確定的に選択したものと認めるのが相当である。なお、被告らは、原告が本件建物を取り壊した上本件土地を第三者に売却したことをもって、解除の意思を撤回し本件売買契約の瑕疵を追認したと主張するが、右通知書受領前後の被告らの対応及び原告が本件土地を右Aに売却するに至った経緯に照らすと、少なくとも、右売却をもって原告が本件建物の瑕疵の不存在を自認し、若しくは、損害賠償請求権を放棄したものと解することのできないことは明らかである。

三  争点3について

右のとおり、原告は、本件売買契約について解除権は行使せず、本件売買契約を有効なものとして損害賠償請求権を行使したのであるから、本件建物に前記の瑕疵がないものと信頼したことにより被った損害の範囲で損害賠償請求ができるものと解される。

そうすると、原告が賠償請求できるのは、本件売買契約における本件不動産の代金額と前記瑕疵の存在を前提とした場合に想定される本件不動産の適正価格との差額と認められる。本件不動産の本件売買契約当時の前記瑕疵の存在を前提とした場合の適正価格を認めるべき直接の証拠はないが、証拠(甲5、10、11、原告本人)によれば、原告は、平成八年一月二一日前記Aに、前記瑕疵の存在を前提として本件土地を六三〇〇万円で売却したが、それとは別に同人の要求により本件建物を解体撤去してその滅失登記手続をするのに九三万二九〇〇円を要したことが認められ、これによれば本件不動産は実質上六二〇六万七一〇〇円で売却できたことになるから、右金額をもって前記瑕疵の存在を前提とした場合の本件不動産の適正価格と認めるのが相当である。そうすると、原告が賠償請求できる信頼利益額は、本件売買契約における本件不動産の代金額と前記瑕疵の存在を前提とした場合の本件不動産の適正価格との差額である八九三万二九〇〇円となる(なお厳密にいえば、右売却時は本件売買契約の時点から一年余を経過しており、その間一般に不動産価格は下落傾向にあったから《原告本人の供述により認められる。》、本件売買契約時点における前記瑕疵の存在を前提とした場合の本件不動産の適正価格は右認定額を上回ることが予想されるが、他方、原告は、前記第二の二の3(一)(2)で主張する本件不動産の買い取り諸費用の差額についても信頼利益として賠償請求できる筋合いとなり、そのいずれの金額も明らかとはいえないが、大差ないと推定されるので、双方共考慮しないこととする。)。

なお、原告は、本件不動産の転売諸費用をも損害として主張するが、本件不動産の買主としては、前記瑕疵が存在したとしても、通常、右差額の補填を受ければその信頼利益は回復されるというべきであり、本件において、その点について買主である原告に特別の事情があったことを認めるべき証拠もないから、右主張は理由がない。

四  結論

そうすると、原告の本訴請求は、被告らに対し不可分に、八九三万二九〇〇円及びこれに対する平成九年六月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとする。

(裁判官河合治夫)

別紙目録<省略>

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